坂井市丸岡観光協会公式サイト コシヒカリの古里。日本最古の天守閣丸岡城。歴史と自然が共存するまち、福井県坂井市丸岡町へようこそ!


丸岡文学散策

中野重治と中野鈴子の生家跡、中野重治記念文庫

文人たちの足跡

重治は明治35年、一本田に生まれました。「夜明け前のさよなら」「歌」「機関車」など代表的プロレタリア詩を発表。プロレタリア文学の指導的役割を果たし活躍。彼の代表作には、幼年時代を描いた自伝小説「梨の花」や「むらぎも」等があります。重治の妹鈴子(明治39年生まれ)もプロレタリア文学活動に励み、雑誌「働く婦人」の編集や、詩集「花もわたしを知らない」を出版。この生家跡には故宇野重吉氏を介して丸岡町に寄贈されたもので、東京から書斎が移築されています。また敷地内に鈴子の歌碑もあります。

丸岡図書館

住所 坂井市丸岡町霞3-10-1
TEL 0776-67-1500

中野重治と中野鈴子の生家跡

松尾芭蕉句碑(称念寺境内)

月さびよ 明智が妻の 咄せむ

元禄2年(1689)8月、松尾芭蕉(1644~1694) が称念寺に立ち寄り、明智光秀の夫婦愛の話(1560年代頃)を聞き、感激して詠んだ句です。
1556年頃光秀の居城であった明智城は斉藤道三親子に攻められ、逃亡生活へ、1562年頃から5年間ほど称念寺の門前で密かに貧しく生活していました。妻の煕子は自分の黒髪を売って、銭に替え夫の面目を立てたといわれています。県の指定史跡。

称念寺

住所 坂井市丸岡町長崎19-17
TEL 0776-66-3675

松尾芭蕉句碑(称念寺境内)

深田久弥句碑

城尊し 古き城 更に尊し

深田久弥は、石川県大聖寺町(現在の加賀市)生まれの作家。旧制福井中学(現 福井県立藤島高等学校)から第一高等学校に進み、文芸部で堀辰雄や高見順と知り合います。また山岳部員として山にも親しみました。特に山に関する文章の執筆活動を行い、昭和38年に発表した『日本百名山』は高く評価され、読売文学賞を受賞。丸岡町とは丸岡成人大学の講師を長く勤めた関係で、平成7年6月に丸岡五徳会が丸岡成人大学30周年を記念して、久弥句碑を丸岡福祉センクー前庭に建立しました。 昭和45年5月の成人大学で詠んだ句が碑文に刻まれています。

しろのまち会館

住所 坂井市丸岡町霞1-13-1
TEL 0776-66-1276

皆吉爽雨句碑

ホトトギス派の俳人

明治35年、福井市宝永に生まれ、叔父の皆吉家に養子として入りました。養父の皆吉五郎は有馬家の家老職で維新後も官界にあり、明治37年から故郷丸岡町の町長を8年間勤めています。その後丸岡から三国へ、そして福井へと移っています。爽雨は丸岡の小学校から三国の小学校へ転校し、大正3年に福井中学に入学。俳句をすすめられ俳号も爽雨と命名されました。大正9年「ホトトギス」に初入選し、昭和7年にはホトトギス同人に推され、昭和13年には、第1句集『雪解』の誕生をはじめ『寒林』『雲坂』『緑蔭』と、戦後も創作活動をつづけ、「爽雨俳句の確立」となりました。霞ヶ城(丸岡城)公園に父五郎(俳号五浪)との父子句碑が建ちます。平成20年には五徳会が文化少年団創立10年記念して句碑を建立しました。

丸岡町まちかど公園

住所 坂井市丸岡町霞町1-2

開高健句碑

悠々として急げ

開高健(1930~1989)の祖父母が丸岡町一本田福所の出身で、丸岡町ゆかりの文学者としての偉大な功績を啓蒙し後世に伝承するために平成5年11月、ふるさと一本田福所に開高健文学顕彰会が発足。そして、翌6年10月文学顕彰碑が建立されました。
開高健は、28歳の時『裸の王様』で、第38回芥川賞を受賞。その後、朝日新聞社臨時海外特派員として、ベトナム戦争戦禍の状況をルポタージュ。また、世界各地を釣り紀行しその一連の業績により、菊池寛賞を受賞するなど、従来の日本文学の枠を超えた行動派の作家でした。常に人間の原点と社会の組織に目を向け、現代社会と取り組むエネルギッシュな作家的姿勢を一貫した人です。

開高健句碑(一本田福所区民館前)

一筆啓上賞 入賞作品掲示板

日本一短い手紙「一筆啓上賞」入賞作品

「日本一短い手紙文コンクール」の一筆啓上賞は全国に一大ブームを巻き起こしています。1993年からスタートして2002年までの10年間執り行われた日本一短い手紙「一筆啓上賞」はより進化させる目的の下、2003年からは「新一筆啓上賞」と名前を改めて実施されています。現在までの作品応募総数は75万通を超えて、その入賞作品の一部は丸岡城本丸への登り口の石段脇の掲示板に展示されています。

霞ヶ城公園管理事務所

住所 坂井市丸岡町霞町1-59
TEL 0776-66-0303

一筆啓上石碑

一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ

徳川家康の家臣本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てて送った手紙として有名です。「お仙」とは後の丸岡城主本多成重(初代丸岡藩主 幼名:仙千代)のことです。この石碑が縁で、日本一短い手紙文の一筆啓上賞の起こりとなりました。丸岡城本丸への登り口にあります。

霞ヶ城公園管理事務所

住所 坂井市丸岡町霞町1-59
TEL 0776-66-0303


坂井市丸岡観光協会

〒910-0231 福井県坂井市丸岡町霞町3-1-3(一筆啓上茶屋内)
TEL:0776-66-5880 FAX:0776-66-5886

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